ぼやき部屋・第1回:AIより湯気のほうがあったかい

AIより湯気のほうがあったかい
昔はなぁ、朝の湯気を見て「今日も生きとるなぁ」と思たもんや。けど今はどうや?若いもんはスマホの通知音で一日が始まる。
「ピコン♪」言うて画面が光った瞬間に、現実が動き出すらしい。ほんで、ニュースアプリが「本日のトレンドはこちらです」やて。
朝からトレンドを追いかけてどないすんねん。ワシらの若いころは、まず急須と湯呑みが“トレンド”やったで。
そやけどな、AIの声が流れる朝っちゅうのも、よう考えたら便利なもんや。天気もニュースも交通情報も、なんでも言うてくれる。
しかも、たいてい間違えへん。けど――せやけどな――その声に、湯気の温度はあらへんのや。
たとえば「おはようございます。本日の気温は17度、湿度は60%です」って聞いても、なんや冷たい。正確やけど、ぬくもりがない。湯気のゆらぎも、茶葉の香りも、そこには一滴も入っとらん。
便利すぎる世の中ほど、人間の体温が行方不明になっとる気ぃする。
そう考えると、昔の急須はエエやつやった。しゃべらんけど、ちゃんと人間を見とった。お茶が濃いときは「寝不足ちゃうか?」、薄いときは「考え事でもしてるんか?」――そんなふうに、無言でツッコミを入れてくれた気がする。
つまり、急須は“観察AI”やったんやな。しかも学習型で、こっちの気分まで読み取る高性能タイプや。
それに比べたら、最近のAIスピーカーはようしゃべるけど、こっちの顔色までは読まへん。ワシがぼやいても、「申し訳ありません」と言いよるだけや。
よくわかりませんでした」言うて終わりや。ほんでまた、こっちがむきになって「ちゃうねん、そうやないねん!」言うたら、「理解できませんでした」。まるで夫婦げんかの再現やないか。
まあ、それでもAIは悪者やあらへん。むしろ、よう働いとる。問題は、人間がその“便利”に甘えすぎとることや。なんでも即答、なんでも正確。
けど、人生はそんなに即答できるもんやない。ときには迷うて、間違うて、反省して――そこに味がある。湯気が立ち上るような「間」が、今の社会からどんどん消えとるんや。
せやからこそ、ワシは思う。AIがどれだけ進化しても、人間が湯気の出る暮らしを忘れたらあかん。湯気はな、検索せんでもええ答えを出してくれる。
たとえば、冷えた心に「まあまあ、落ち着きや」と語りかけてくれるようなもんや。あれは熱エネルギーやなくて、人間エネルギーやで。
それに、湯気の向こうには“間”がある。スマホの画面には“即”しかない。けど、間があるからこそ、言葉が沁みるし、笑いも生まれる。
落語でもそうやろ? オチの直前の「間」に、客の心が集まるんや。あれがないと、ただの早口漫談や。せやけど今の世の中、みんな“間を飛ばす”ことに慣れすぎとる。
たとえば、昔の友達に手紙を書いて、返事を待つ時間――あの“間”が恋しかった。今はLINEで一瞬や。すぐ既読。すぐ返信。ほんで既読スルーや。湯気も立たん冷戦状態やないか。そら、心が乾くわけや。
せやけどな、悪いことばっかりちゃう。ほんの少し、湯気を思い出すだけでええんや。朝の茶の香りを吸い込みながら、「まあ今日もなんとかなるやろ」と思えたら、それで十分や。便利の海の真ん中でも、人間のぬくもりは沈まんと浮いとる。
つまり――
AIが進化しても、湯気の出る暮らしは退化させたらあかんのや
そういう話や。たとえAIがワシのぼやきを分析して、「感情値:やや湿っぽい」言うたとしてもな、ワシは笑ろて返したる。「そら湯気や、情の湿度や」ってな。
要するに、湯気には“情報”よりも“情報(じょうほう)”があるんや。データやなくて、情の流れや。人間の生きる温度を取り戻す鍵は、案外、台所の急須の横にあるんかもしれんで。
ほんで最後にひと言だけ。AIスピーカーもええけど、湯気の立つ急須に向かって「おはようさん」と声かける朝――それこそが、ワシ的ワンダーランドの入り口やと思う。
(※作者注:急須のほうが、人間をアップデートしてくれとる気ぃするで。)
#哲学ぼやき #AI時代の湯気 #サニー爺のワンダーランド

2025/11/07

