メガソーラーは本当に環境に優しいのか?山を削る再生可能エネルギーの矛盾

260212 メガソーラは環境に優しいのか? 

は じ め に

再生可能エネルギーと聞けば、なんや安心してしまいますな。

地球に優しい。
CO₂を減らす。
未来のため。

どれも間違いではありません。

けど、山を走っていて、昨日まで木が生い茂っていた斜面が、ある日きれいに削られ、黒いパネルがびっしり並んどる光景を見たとき――

「これ、ほんまにエコなんか?」

そう思うた人も少なくないはずです。

 

メガソーラーとは何か?

メガソーラーとは、大規模な太陽光発電所のことです。

とりわけ2012年以降、固定価格買取制度(FIT)の導入で急増しました。発電した電気を一定価格で長期間買い取る仕組みです。

制度自体は、再エネ普及を後押しするためのもの。
問題は、その“使われ方”です。

制度ができる。
採算が見込める。
土地を探す。

その結果、山林や傾斜地がターゲットになった。

理想が先やったんか、計算が先やったんか。
そこは見る人次第でしょう。

👉(内部リンク:再生可能エネルギーの本当の課題とは?)

 

山林伐採と災害リスク

森林は、ただ木が立っているだけではありません。

根が土をつかみ、落ち葉が水を含み、長い年月をかけて“天然のダム”の役割を果たしています。

それを大規模に伐採し、造成し、斜面にパネルを敷き詰める。

豪雨が来ればどうなるか。

近年の集中豪雨は、もはや“想定外”では済まされません。

もちろん、すべての施設が危険だと言うつもりはありません。
適切に設計・管理されている例もある。

けど問題は、「設置後の長期管理」です。

事業者が撤退したら?
パネルの耐用年数が過ぎたら?
災害が起きたときの責任は?

山は黙っています。

260215 再エネ水彩画風メガソーラパターン2
けど、限界を超えたら一気に崩れます。

CO₂は減るかもしれん。
せやけど、土砂は増えてへんか。

この問いは、避けて通れません。

 

地域との摩擦という“見えないコスト”

もうひとつ、数字に出にくい問題があります。

地域との摩擦です。

都市部で消費される電力のために、
地方の山が削られる。

説明会は開かれる。
けど住民の理解が十分とは限らない。

外部資本と地元の温度差。
景観への不安。
将来の撤去問題。

発電量は数字で出ます。
けど、地域の不信感は数字になりません。

それでも、確実に残る。

これも“コスト”です。

それでもメガソーラーは必要なのか?

ここが一番難しいところです。

化石燃料依存のままでええとは言えません。
原発も簡単な話やありません。

再エネは必要です。

けど、「増やすこと」だけが目的になっていないか。

量より質。
規模より設計。

屋根や工場跡地など、既存インフラを活用する方向にもっと知恵を絞れへんのか。

再エネ推進と自然保全は、本来対立する概念やないはずです。

 

理想と現実のあいだで

環境を守るために山を削る。

言葉だけ聞けば、なんや落語の逆説みたいです。

再エネは善。
反対は悪。

そんな単純な構図にしてしもたら、議論は止まります。

エネルギー政策は宗教やない。

大事なんは、「どれを増やすか」より
「どう設計するか」。

再エネを疑うのは、未来を否定することやありません。

むしろ、未来をほんまに守るために必要な視点やと思うんです。

理想は掲げてええ。
せやけど、目を細めすぎたらあきません。

山は、拍手してくれませんから。

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